ずっと、見ていた。

 

 

 

わいわいと、大騒ぎの列が行く。

里の南を流れる川の堤防を、アカデミーの子供達が、引率の教師に連れられて歩いている。

野外活動に向かうのだろうか。子供達同士手を繋いで、教師の後を追う様子は、忍の卵というよりは、親鳥の後を追って歩く小鳥の雛だ。

カカシは、川の対岸に立つ太い木の枝に座り、愛読書を片手に、その賑やかな様子を眺めていた。

先頭に立つ引率の教師は、黒い髪を頭の後ろで高く結んだ若い男だ。足元に纏わりつく子供達に明るい笑顔を向け、それでも視線は、周囲に隙無く配られている。

その瞳が、川を越えて、カカシの方へ向いた。

髪と同じ深く静かな夜の色が、自分の姿を捉えたように思えて、カカシの心臓が穏やかに脈を上げた。

だが、男の眼差しは、そのまま、先へ駆け出す子供達の背へ流れてゆく。この距離では、生い茂る葉陰に座るカカシを見出す事は困難だろう。

そして、カカシのように、全身全霊で相手を追い求めていなければ。

「こら、お前達」

よく通る、男の朗らかな声に耳を澄ませる。

「仲間の手を離すんじゃないぞ」

男の瞳に子供達への深い愛情が滲むのを見て取って、カカシは小さく微笑んだ。

「カカシ先生ったら!」

地上から、非難の声が上がった。カカシが木の根元を見下ろすと、膨れ面をした部下達がこちらを睨み上げている。三人共、見事なまでに泥まみれだ。

「一人だけ休憩してずっりーぞ!」

「・・・!」

初めて受け持った下忍達の、初任務。猪突猛進なナルトに、頭はいいが冷静さに欠けるサクラ、そして、協調性などどこ吹く風のサスケ。三者三様に張り切る子供達だけでやらせてみたけれど、どうやらマダムしじみの愛猫に、いいようにあしらわれているらしい。

自分を見上げる、まだ幼さと無邪気さを残すその顔が、背負うものの重さを思う。だから余計に可愛い雛鳥達。

カカシは、はーいはいと気の無い返事をして、手の中の愛読書をポケットに捻じ込んだ。

 

 

 

「おれってば大活躍!」

自慢気なナルトに、

「カカシ先生のお陰じゃない」

サクラが突っ込む。

「・・・単に傾向と対策を知っていただけだろう」

サスケが冷静な分析を口にする。

賑やかな子供達の後ろを歩きながら、カカシは愛読書を開いて苦笑を浮かべた。

「一番大事なのはチームワーク。まぁ、そこら辺は順を追って、ね」

依頼の愛猫を無事依頼人に送り届けた七班は、初めての報告書を提出するために、受付に向かった。

夕刻を過ぎ、受付の混雑は一段落している。部屋に入るなり、ナルトは満面の笑みを浮かべて、受付の机に座る男に駆け寄った。

「イルカ先生!これ、報告書だってばよ」

机越し、飛びつかんばかりの勢いで身を乗り出す。

「お前達、初任務だったんだな」

報告書を受け取ったイルカは、誇らしげな笑顔で三人の元教え子の顔を覗き込んだ。

イルカが、教師と受付二足の草鞋を履いている事を、教え子達は下忍になって初めて知る。忍として成長し、殺伐とした世界に身を置くようになっても、ここに戻って来た時、ずっと見守られている温かさを実感するのだ。

「よくやった。お疲れ様」

その心からの労いに、ナルトは勿論、サクラと、サスケまでもが胸を張る。

イルカは椅子から立ち上がると、三人の背後に立つカカシに頭を下げた。

「初めまして。はたけ上忍。こいつらが、お世話になっています」

「全然お世話になってないってば。カカシ先生ってばサボってばっかだもん」

混ぜ返すナルトに、こら、と拳骨を落として、イルカが苦笑した。柔らかな慈しみが宿るその瞳を、カカシは深い感慨の中で見守った。

 

記憶の中、頼りない程に細かったイルカの体は、今は服の上からでも分かる程しっかりと鍛え上げられて、カカシと肩を並べる。少年のあどけなさを残していた顔立ちは、男らしい逞しさと精悍さを備え、意志の強さを示す唇は、ずっと低くなった声を響かせる。

そして、その瞳。

あの時から、ずっと知りたいと願っていた瞳が、今、カカシを映し出す。

想像していたよりもっとずっと深い黒色。そこに浮かぶ感情は、鮮烈で瑞々しい。

長い時間をかけて地中で生み出された黒い宝石が、光を含んで驚くほど輝くのに似ていると、カカシは思った。

 

初めましてじゃないよ。イルカ先生。

あなたは知らなくても、オレはあなたを知っている。

あなたの過去を。あの時、あなたの身に起きた事実を。

それから、あの日から今日まで生きてきた道も。

教師になるという夢を叶え、里の次代を支える幼子達を、あなたがどれほど深い愛情で育んでいるか。

そして、あなたがどんな思いをして、里の大人に疎まれ続けるナルトを、人の愛情と自分の未来を信じられる子供に育て上げたのかということも、全部、全部知っている。

思ったより時間がかかってしまったけれど、ようやく、こうしてあなたの前に立つ事ができた。

あなたが、オレを思い出してくれなくても、構わない。

これから、ずっと側にいる。

 

もう、離さない。

 

「初めまして。イルカ先生」

手甲を外し、カカシはイルカへ右手を差し出した。

イルカは驚いたように目を見開き、それから、照れたような笑顔を咲かせた。

握ったその手は温かく、心揺さぶられる程、力強かった。

 

 

 

進む

 

 

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