Honey trap Sweet drop

 

 

 

「マンネリ?」

そのお手頃価格と胃袋直撃なお袋の味系メニューから、中忍御用達となっている居酒屋の、使い込まれたテーブル越しに、イルカは二人の女性に問い返した。

「そう。マンネリ」

左側に座った上忍夕日紅は、大ジョッキをみるみる空けて、立ち働く店員にすいませんもう一杯、と声をかけた。

紅の隣に座る女性は、早くも焼酎の湯割り2杯目が空きそうだ。額宛を巻いているから木の葉のくノ一なのだろうが、イルカは受付でもその丸い顔を見た事が無かった。

兎に角、腹が減った。イルカは目の前の塩焼きそばに箸を伸ばした。遠足に合唱コンクールに学習発表会と、アカデミーの秋はイベントが多く、教師達は、夏休み明けからずっとその準備に追われている。加えて、年間通じて暇という時期が無い受付業務で、今日は特に昼食も取れないほど忙しい一日だった。

本当は一楽のラーメンで自分を慰労しようと思っていたのだが、終業時間寸前に受付に現れた紅に、ほぼ問答無用にこの店に連れてこられた。具はネギだけの塩焼きそばは十分に旨いが、一楽のラーメンに代わるものはない。

「あなたとカカシ、付き合って3年でしょ?そろそろマンネリなんじゃない?」

今日はいい天気だったわね、とでも言うような調子の紅に、イルカは頬張っていた麺を、思い切り噴き出しそうになった。恐る恐る隣の女性を覗うと、女性はにこり、と笑い返してきた。

「あ、大丈夫よ。この人全部知ってるから」

紅にあっさり言われて、今度は、何とか飲み込んだ麺を喉に詰まらせそうになった。

「ぜ、全部?」

咳き込みながらも慌てて問い返した。イルカが、木の葉の誇る忍はたけカカシと恋人同士として付き合っている事は、紅やアスマ等、二人にごく近しい者しか知らないはずだった。

階級意識が比較的緩い木の葉でも、上忍と特別上忍以下の階級の忍には純然たる差がある。里常駐の中忍の中には、仕事以外では、下忍の時に受け持って貰った上忍師と、昇進した友人位しか上忍と接点が無い者がざらにいたし、内勤の忍を、所詮、と侮る上忍も居ないわけでは無い。特に、写輪眼のカカシと言えば、木の葉の代名詞ともいえる忍だ。カカシとイルカが友人として行動を共にするようになった時分には、やっかみ混じりの詮索を随分と受けたものだ。

「申し遅れました。私、こういう者です」

今まで黙っていた女性が、テーブル越し、イルカに名刺を差し出した。

「火影公認、木の葉裏風紀委員会会員 やまなりスモモ・・・さん」

イルカは、やけに達筆な名刺の文字を二度見した。裏風紀委員会?

「3年前、お二人がお付き合いを始めたと聞いた時は、里の女性一同、悲嘆にくれたものでした」

遠い目をしたスモモの言葉に、イルカはくらくらと眩暈を覚えた。隠しているつもりだったのに、最初っからばれてたって事か?ってか、女性一同ってどういう事だよ。

「ご存知の通り、はたけ上忍はもてます。イルカ先生とお付き合いする前、随分と派手に遊んでらっしゃった事はご存じでしょう?」

スモモの言葉に、イルカは素直に頷いた。あの容姿であの性格であの稼ぎで、もてない方がおかしい。同性として羨ましく思いこそすれ、悔しさを感じるには残念ながらレベルが違いすぎる。

「イルカ先生とお付き合いを始めた当初は、言葉が悪くて申し訳ないですが、あの女好きがどんな気紛れかと」

それは、正直イルカ自身も感じた事だった。同性愛者という訳でも無く、望めばどんな美女でも手に入るだろうに、何を好き好んでこんなむさい男に、と何度不思議に思ったか。

「それが、どうでしょう!」

ばん、とテーブルに手をついて身を乗り出したスモモに、イルカは思わず仰け反った。

「今では、お二人の仲睦まじさは語り草になる程。はたけ上忍がイルカ先生を大切にしている様子は、夢見る少女達の憧れですよ」

語り草って・・・憧れって・・・。一応隠してるつもりだったんだけど・・・。イルカは茫然と溜息をついた。

「ある意味、相手が先生だったから、女性達は、諦めがついたという所もあるのですよ」

いえ寧ろ、とスモモは再びイルカににっこり笑いかけた。

「木の葉一の忍、里の宝と評されるはたけ上忍と、中忍でアカデミー教師であるイルカ先生。しかもはたけ上忍がイルカ先生に首ったけ。この設定で、萌えない訳がありませんでしょう?」

「・・・ええと」

イルカは、眼で紅に助けを求めた。やたら確信に満ちた口調で同意を求められたが、何を言われているのかイルカにはさっぱり分からない。紅は笑いを噛み殺しながら、

「二人共人気あるって意味よ」

「・・・はぁ」

「私共裏風紀委員会が最も恐れている事、それは、お二人が別れてしまわれる事です」

イルカに、ぐい、と顔を寄せたスモモの眼が、きらりと輝いた。

「フリーになった途端、はたけ上忍の壮絶な争奪戦が勃発し、里に血の雨が降るのは必至。勿論、安全確実な結婚相手として優良株のイルカ先生も、女性達は虎視眈々と狙っておりますよ」

「そんな大袈裟な・・・」

スモモの勢いにたじろぐイルカに、紅が言った。

「もうすぐカカシの誕生日でしょ?何か用意した?」

「・・・まだです」

忘れていた訳ではない、断じて。

「毎年どんなものあげてるの?」

「・・・一応欲しいものを聞きますが、何もいらないと言われるので・・・晩飯を好物にする位です」

「普段の休日は、二人で何してるの?」

「家で掃除と洗濯をして、後はゆっくりしてるか、俺は・・・持って帰った仕事したりしてますけど」

ふう、というため息が聞こえてきそうな沈黙が落ちた。

「イルカ先生は、釣った魚に餌はやらないタイプなんですか?」

スモモの視線が痛い。

「そんな、人聞きの悪い」

そんなつもりは全くない。責任があるんだから、仕事を優先するのは普通じゃないのか?

「イルカはそれでいいんでしょうけど、カカシはどうかしらね」

「・・・・・・」

「カカシが惚れ抜いて付き合ってるって経緯があるでしょうけど、やっぱり、それなりに気持ちをみせてあげないと」

ねえ、と顔を見合わせた女性二人に、イルカは返す言葉を見つけられない。

とにかく、と、なみなみと注がれていた焼酎湯割りをさらりと一息に飲み干して、スモモが言った。

「裏風紀委員会を代表しまして、里の危機を未然に防ぐ為、こうしてお目にかかった次第です」

これを、とスモモは、A5サイズの冊子と小さな茶色い瓶をテーブルに置いた。促され、白いカバーをかけられた冊子を手にとったイルカは、表紙を捲った1秒後、ぱたりと閉じた。

「・・・何ですか、これ」

恐る恐る尋ねる。

「御覧の通り。『詳細解説付き!図説四十八手新装版』です」

スモモは、早秋の空のように爽やかに答えた。

「閨房術を極めたいくノ一必携です。その道の男性にも、勿論身体の構造的に無理があるものもありますが、使える!と大好評なんですよ」

「・・・・・・」

まさか、と、テーブルに置かれた茶色いその小瓶の形状に、イルカの胸に嫌な予感が走る。

「マンネリを乗り越えるには、やはり、今までにない刺激」

スモモの眼が、何を期待してか爛々と輝いている。

「この本を熟読の上、イビキ特製の誘淫剤を使って頂ければ、まさしく鬼に金棒仏に蓮華」

・・・おいおいおいおい。

「あ、ご安心下さい。こちらが成分表です」

差し出された紙に書かれた原材料と配合を見て、イルカは再び眩暈を覚えた。流石は拷問・尋問部隊部長、引き攣る位素敵な仕事ぶりだ。これを飲んだら、この油染みだらけのテーブルにだって欲情するだろう。

「今年のはたけ上忍の誕生日には、ぜひ、これを使って、いつもと違うイルカ先生で、はたけ上忍を惚れ直させて下さい!」

里の平和の為に。

そう高らかに言って、スモモは、ばちん、とガイ顔負けの音がしそうなウインクを決めた。

 

 

 

どうすりゃいいんだこれ。

女同士で飲み明かすという紅達と別れて自宅に戻ったイルカは、ちゃぶ台に乗せた冊子と小瓶を正座して見つめた。

使うつもりは無い。無い、けれど。二人に言われた、マンネリと言う言葉が頭を回る。

カカシと付き合って3年。大切にして貰っているという実感はあっても、イルカには、飽きという感覚は全く無い。

気の置けない友人だったカカシから、付き合って欲しいと言われた時は、確かに驚いた。何故自分なのかといぶかしんだりもした。だが、拒絶や嫌悪を一切感じなかったのは、もしかしたら、その時既にイルカの裡にも、カカシに対する特別な感情が宿っていたのかもしれない。

どちらにしろ、丁寧に時間をかけて育まれたカカシに対する情愛は、確かにイルカの心深く根付いて、今は揺らぐことは無い。

だが、カカシは、どうなんだろう。

カカシはああ見えてマメだ。イベント事は、誕生日は勿論、クリスマスもバレンタインも外さない。だが、それをイルカに強要しないし、大袈裟にもしない。例えば、長く書くと手が痛くなる支給のボールペンの代わりに書きやすいペンを贈ってくれたり、綻びかけた髪紐に気付いて新しいものを用意してくれたり、古びても自分ではなかなか買い換えない懐中時計の鎖を買ってきてくれたり、そういう細やかで、しかもきちんとイルカを見ていてくれるからこその贈り物をしてくれる。

逆に、自他共に大雑把な性格だと認めるイルカは、同じような気配りをカカシにできているとは到底言えない。誕生日の贈り物も、そういう自覚があるから欲しい物を直接尋ねるのだが、カカシは、一緒にいてくれるのが一番嬉しいんですよ、と答えるものだから、結局なし崩しになる。

多分、その言葉に甘えてはいけないのだ。返し方が分からないからと言って、カカシの好意を無頓着に受け取るばかりでは、いくらカカシでも気持ちが萎えてしまうかもしれない。

でも、どうすれば。

イルカは、ちゃぶ台の上に鎮座する、スモモ曰く『スペシャルバースデーを君に!セット』を凝視した。

同性同士の行為を知らなかったイルカは、カカシに一から十まですべてを教えられた。それなりに女性との経験はあったから、カカシがとんでもなく上手いと分かっている。

だから、余計に悩んでしまうのだ。

俺の体に満足してますか?なんて・・・

「そんなの聞ける訳ねぇだろ!!」

イルカは頭を抱えて、ちゃぶ台に突っ伏した。

その時、

「何を誰に聞けないんですか?イルカ先生」

背後で、今だけは、絶対に、会いたくなかった男の声がした。

 

 

 

進む

 

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