6.

さむいなぁ。

カカシはぼんやりと考えていた。

この部屋は寒い。裸で寝転がるもんじゃない。早く片付けて、何か着ないと。風邪を引いた忍なんて格好悪すぎる。

下腹辺がじっとりと湿って、ひんやりするのが気になってしょうがない。起き上がるのも面倒臭いが、この辺で終わらせないと。

目の前で、女の乳房が揺れていた。カカシにまたがり、彼の分身を銜え込んで、腰を揺すり上げている。だらしなく開いた口から、だらしない声があふれ出していた。

情けない話だが、一度抜くと萎えてしまう可能性がある。カカシは、上半身を起こすと、器用に女の足を折り曲げて、体を回転させた。

後ろから穿つ、獣の姿勢に、女の尻が震えた。女が黒い髪でよかった。背中からなら、あの人を重ねることができる。

カカシは、深く腰を打ちつけた。きっと、あの人の中はこんなに柔らかくないだろう。カカシを拒んで、吐き出そうと、きつく絞ってくるはずだ。自分で潤うことのない入り口は、激しく突き上げれば、裂けてしまうかもしれない。それでも、止めてあげることができるだろうか。

質量を増したカカシの熱に、女が呻いた。カカシは気を逸らさないように、女の黒い髪だけを見つめた。

あの人の体は、きっと優しく包み込んだりはしないだろう。あのきれいな、しなやかな筋肉の弾力が、愛撫の手を押し返すようにしなるだろう。

こうやって突き上げながら、背中に残るという深い傷跡に舌を這わせたら、どんな声をあげるだろう。苦しみに涙を流すだろうか。それとも、少しでも、喜びを感じてくれるだろうか。

泣きたいような気持ちと、高まった射精感に、カカシは眉を寄せた。

悶える腰を抱え、欲しい刺激を求めて容赦なく突き上げた。そして、ぎりぎりで引き抜いて、白い背中に放った。

解放の快感は一瞬だった。

虚しく冷えた体を離し、布団に崩れ落ちた女の背中で光る自分の体液に、胸くそが悪くなった。

こんな事をして、こんな事を思って。本当に、馬鹿だ。

どんな人間も、どんな行為も、あの人の代わりになる訳がないのに。

情けない気持ちを振り払うように、カカシは頭を振った。

仕事だ。ぼんやりしている暇はない。

余韻に体を震わせる女に、カカシは顔を寄せた。どこか遠くを見るような虚ろな目に、内心舌打ちした。

薬が少し、効きすぎているようだった。

 

 

 

あの夜。

 任務を終えたカカシは、火の国の都を離れようとしていた。目立たぬよう町人に扮して通りを歩いていた時、偶然陽華楼を囲む塀の前を通りかかった。

その塀の奥に、どんなに隠しても間違えようのないイルカのチャクラを感じて、カカシは驚いて足を止めた。こんな所にいる訳がない。イルカを想い過ぎる自分の錯覚かと思ったが、無視する事などできず、そのまま敷地へ忍び込んだ。

錯覚ではないことはすぐに分かった。気配を追って、離れの角部屋の前まで来た時、カカシの混乱は頂点に達していた。火の国最高級の遊郭、その一室に、イルカが誰か女と一緒にいる。それが手に取るように分かる自分が恨めしかった。

今晩帰ると伝えてあったのに。返事を下さいと、言ってあったのに。なぜ?どうして?

敢えてほんの少しだけ漏れさせた自分の気配に、部屋の障子が開いた時、カカシは目の前が真っ暗になった気がした。

あぁ、それがあなたの答えですか。

イルカは、忍服ではなく、さっぱりした紬を着ていた。見たことのない私服。眼が合って、イルカは驚いたように眼を見開いた。その後ろで、長い髪の綺麗な女が、イルカの袖を引き、イルカは振り返って優しげに何か答えた。

見ていられる訳がなかった。

その後、どこをどうやって里に戻ってきたのかもよく覚えていない。

気がつくと、三代目の執務室で、火影のパイプから紫色の煙が出るのを見ていた。

「すまなかったな、カカシ。急に駆り出したりして」

本来、下忍を受け持っている上忍に里外任務を与える事はない。だが、今回の任務は写輪眼がどうしても必要だった。

「火影様」

「何じゃ」

「すぐに任務に出たいんですが、何かありますか?」

カカシの右目をじっと見つめ、火影は言った。

「・・・今のお前の、本来の仕事はなんじゃ」

「ナルト達・・・担当下忍の指導育成です」

「明日から精進してくれ。今回は本当にすまなかった」

「・・・だったら、夜の仕事を下さい」

ぎょっとしたように火影はカカシを見た。

「何て言い方をするんじゃ」

「昼は、ナルト達の面倒をきちんと見ます。夜できる任務はありませんか」

「・・・おい、カカシ」

「今任務をもらえないなら、今後一切任務はお受けしません。ナルト達の上忍師も降ります。懲罰房に入れてください」

「カカシ。お主自分が何を言っとるのか、判っておるのか」

火影の鋭い視線を、カカシは真っ直ぐ受け止めた。

「分かっています」

判っとらん、と火影は忌々しげに言った。

厳密な規律を厳格に守る。それが、忍の里を組織として成り立たせる根幹であった。カカシは、規律の守護者である火影自身に、それを破るよう強いているのだ。

二人は数秒間睨みあった。

折れたのは火影だった。未決と書かれた箱の中から依頼書を一枚選び、カカシに突き出して言った。

「この貸しは大きいぞ」

「ありがとうございます」

「期限は一週間。それまでに片をつけい」

依頼内容と、カカシ自身の問題、両方を指すのだと悟り、カカシは頭を下げた。

「このことは・・・」

「お主に言われるまでもないわい。誰にも言わん」

苦虫を噛み潰した表情の火影にもう一度頭を下げ、カカシは執務室を後にした。

その夜からすぐに、カカシは里を出た。

依頼主は、火の国の遊郭組合、依頼内容は、子飼いの女衒が、集めてきた娘達の内、何人かを他の遊郭に横流ししているという噂の真偽を確かめることだった。

依頼主からの情報には、女衒の愛人が、買ってきたばかりの娘達の教育係も兼ねているとあった。おそらくこの愛人も一枚噛んでいる。カカシはここに目をつけた。

昼はナルト達と7班の任務をこなし、夜は火の国で女衒の愛人をたらしこむ。朝、また里へ戻る。本来なら、この程度の二重生活で疲労するようなカカシではなかったが、精神的な苦痛が、カカシの身体まで鈍らせたのか、日に日に体が重くなった。

ようやく5日目、カカシは愛人の閨に入り込むことに成功した。後は、性交の快楽と術と薬で、記憶を残さないよう情報を聞き出せばよかった。

 

 

 

・・・情けない。

カカシはため息をついた。

依頼に貴賤はないが、金欲と色欲が混じり合ったこの任務が、今の自分にはふさわしいと思えることが、心底情けなかった。

愛人の部屋を離れ、夜明け前の森を、カカシは里へ急いでいた。

性交の余韻と薬の影響で、虚ろな表情を浮かべる愛人から、取引の覚書の在り処を聞きだした。そして覚書を写し取ると、愛人に忘却術をかけた。念の為、例え記憶が戻っても夢寐の仕業と思わせるよう仕掛けも施した。

覚書の写しは、疑惑を決定的にするだろう。依頼は、ここまでだった。

森を走るカカシの左手、木々の間から、日の出が見えた。その時カカシは、今日が7班の休息日だったことを思い出した。

どうしよう。写しを三代目に渡したら、時間に余裕ができてしまう。考えてはいけない事を考えてしまう時間が、できてしまう。

カカシの足が次第に重くなった。

なぜ、火影に無理強いしてまで、里から離れたかったのか。一番大きな原因は、カカシが、己の欲望を恐れたからだった。

必死の告白など、まるで聞かなかったかのように、約束の日に他の女と過ごしていたイルカ。彼女は誰ですか?恋人ですか?遊び相手ですか?でも、少なくともオレよりは、大切に思ってる人なんでしょう。

できるなら、彼に失望したかった。だが、カカシの心は、全く別の方向に動いていた。

誘拐、強姦、その他とんでもない事をしてでもイルカを自分のものにする方法を、無意識に考えている自分に気がついた時、震えるような恐怖を感じた。

そんな事をしてはいけない。それは、人間として間違っている。頭では判っていた。だが、その衝動は、甘くカカシの心を誘惑した。無理矢理だろうが、なんだろうが。元々手に入らない人なんだったら、何したって同じだろう?

だから、余計な事を考える時間をなくす為、任務で自分を縛った。そしてイルカを徹底的に避けた。イルカが自分を探す気配を何度も感じたが、何とか堪えた。

捜さないで下さい。オレのことは、このまま放っておいて。そうじゃないと、あなたが危ないんです。

カカシはついに走る足を止めた。

一生逃げ回らないといけないのだろうか。そう考えると、泣きたくなってきた。

好きだから、大事にしたいのに。例えオレのこと好きじゃなくても。

でも、あなたの心が他の人に向いていることに耐えられる自信がない。

・・・まずい。このままでは、本当にイルカを襲いかねない。写しを三代目に渡したら、何とか理由をつけてもう一度里からでよう。

そう決めた時、カカシは、里の方角から、こちらに迫ってくる気配を感じた。

カカシはまず警戒し、次の瞬間、唖然とした。

それは、誰とも間違えようもなかった。

まさか。どうしてここが分かったんだろう。

一瞬の躊躇が決定的になった。

日の出の光を背負うように、高い木々の間から、イルカが姿を現した。

「・・・やっと、会えましたね。カカシさん」

呆然とするカカシの前に飛び降りたイルカは、肩で息をして、どこか痩せたように見えた。目が、怒りに揺らめいている。

「これで逃げたら、本当に愛想を尽かそうと思ってました」

イルカは、カカシを睨みつけた。その表情に、カカシは、いたたまれないような、むなしいような気持ちになった。

イルカは自分に対して本気で怒っている。でも、どうして?

話も聞かず、一方的に避けたから?でも、それは、イルカを守る為だ。

今だって、こんなに抱きしめたいと思っているのに。

許されないことだって、分かっているのに。

「里に帰ったら、ちゃんと謝りなさい」

アカデミーの生徒に言うような口調で、イルカが言った。

「ごめんなさい」

その教師らしい威厳に、思わずカカシは謝った。だが、イルカは違います、と腕組みをした。

「俺じゃありません。パックンにです」

・・・パックン?

思わずカカシは首を傾げて、イルカの顔を見返した。

 

 

 

 「はたけ上忍は、今も暗部のお仕事をなさっていますか?」

「答えられんの」

火影に、当然、と言った口調で答えられて、やはり、とイルカは肩を落とした。これで、最後の望みの糸が断ち切られた。

二人きりの受付所に沈黙が落ちた。

書庫に行ったはずの同僚たちが、ドアの向こうで聞き耳をたてていることは分かっていたが、今のイルカはそれどころではなかった。

認めたくない現実が、イルカの心にのしかかった。

カカシに避けられている。しかも、徹底的に。

箕輪屋から戻った夜から、ずっとカカシを探していた。だが、未だ会うことができないでいた。

ナルト達に聞いても、遅刻がちなのは変わらないが、きちんと任務についているという。同僚に聞けば、朝の任務依頼の時も、今までどおり子供達と一緒に受付所に現れるらしい。

だが、アカデミーの空き時間に7班の様子を見に行っても、そこにカカシの姿はない。

「カカシ先生は、見てないようでみてるのよ。だからさぼれなくて」

サクラが皮肉めいて言うように、任務中に姿が見えなくなるのはいつものことなのか、子供たちは気にもしていない。

自分以外に対しては、普段と全く変わらぬ様子だという事に、イルカは心底打ちのめされた。

イルカが受付に座る夕方から夜にかけては、任務報告を子供たちだけにさせている。報告書の字はカカシのものだから、ちゃんと子供たちの面倒をみているのだということは分かるが、カカシ本人は受付所に現れない。

職権を乱用して、上忍用に支給された部屋と、本来の家の住所を調べ、訪ねてみたが、帰っている様子がない。

何か任務についているのかもしれない。そう考えたのは、避けられているという事実を直視したくなかったからだ。だが、恐る恐る確認した現在遂行中の任務リストに、カカシの名はなかった。三代目に暗部の事を訊ねたのは、ただの現実逃避だと、自分でも分かっていた。

自分を誤魔化すことはもうできなかった。

顔も見たくない程、嫌われたということだ。

カカシには、自分が不誠実な人間に思えたのだろう。確かに、告白の返事を約束した夜に、遊郭で、美しい女性と一緒にいれば、そう思われても仕方ない。でも、言い訳もさせてくれないなんて。

カカシと会えなくなって5日、こうまで見事に避けられると、つらいを通り越して腹が立った。カカシを想う分だけ、憎いような気持ちがした。

心がぎりぎりと締め付けられるように痛い。

好きな相手に嫌われる。こんなにも苦しいものだとは知らなかった。

内面の苛立ちが、表に表れている事は自覚していた。だが、自分ではどうしようもなかった。幼稚な自分が恥ずかしかった。

「カカシが、どうかしたか?」

沈黙を破って火影が言った。イルカは返答に窮した。何と言えばよいのか。元々こんな個人的な事は、人に言うべきものではない。だが、今のイルカには、現状を打開する唯一の方法のように思えた。

「・・・はたけ上忍の、居場所を知りたいんです」

「カカシの?」

火影の視線が痛かった。奇妙な事を聞くと思われたに違いない。カカシは、自分以外には何ら変わることなく接しているのだから。

だが、火影は奇妙な渋面をつくり、お前達は二人して一体何やっとるんじゃ、と呟いた。

「・・・はい?」

「何でもない。少なくとも昼間は、カカシはナルト達と一緒のはずじゃろう?」

避けられているなんて絶対に言えない。言えば、いきさつをすべて話さなくてはいけなくなる。

俯いたイルカを探るように見つめていた火影は、小さく頭を振ると、煙草の煙をぷかりと吐き出た。

「預かり所を知っておるか?」

「・・・はい」

脈略のない火影の言葉に、イルカは戸惑いながら頷いた。

預かり所、自称わんにゃんセンター。忍犬忍猫、その他忍の働きをする動物たちを、飼い主が任務などで留守の間預かる所である。自称は文字通り預かり所職員しか使っていない。

「預かり所では、預かった動物たちに何かあった時、飼い主とすぐに連絡がとれるよう、任務の派遣先を書面に残しておる」

イルカの記憶を何かが刺激した。

「機密レベル参の文書じゃから、受付所職員の認証番号なら、見ることは簡単じゃろうな」

イルカの脳裏に、小さな尻尾の、愛嬌のあるへちゃむくれた犬の姿が浮かんだ。

パックン。

その名前が思い浮かんだと同時に、イルカは立ち上がった。

「火影様・・・申し訳ありません」

「・・・その方が、仕事がはかどるというもんじゃ」

イルカは火影に頭を下げて、入り口のドアを開け放った。そして、ドアにもたれて聞き耳を立てていた同僚達が崩れ落ちるのを飛び越えて、受付所を飛び出した。

 

 

 

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