2.

翌日の夜、オレとイルカ先生は火の国の繁華街にいた。

「やぁだ、せんせい。そんなに見つめちゃ、いや」

オレが笑うと、イルカ先生は慌てて、ごめんなさいと目を逸らした。

こういう繁華街に溶け込む二人連れは、夜の店のお姉さんと、同伴のお客さんという組み合わせ。オレはそれ風の女に変化して、髪を下ろした私服姿のイルカ先生の腕にしなだれかかった。

「どうです、なかなかのもんでしょう」

声を戻して耳元で囁くと、驚きました、と素直に言われた。ナルトのお色気の術が子供騙しに思えます。

道行く男達が、こちらに好色な視線を投げてくる。長く立ち止まっていると目立ちやすい。オレはイルカ先生を促して歩き出した。

「そんなに誉めてもらえるなんて、嬉しいわ。今日はとことんサービスしちゃう」

そう言うと、怖いな、とイルカ先生は笑った。忍らしい鋭さなど全く感じられない、普通の男の顔になっていた。

雑踏に溶け込み、腕を組んで、顔を寄せ合いながら歩いた。

「何か、倒錯的でいいですねぇ、こういうの。このままどっかしけこみますか」

オレの言葉に、イルカ先生はぎょっとしたように笑顔を凍らせた。

「・・・勿論、冗談ですよね」

からかいがいのある反応。

「絶対、気持ちよくする自信ありますよ。でもやっぱりオレとしては、男の姿でやりたいなぁ」

「勘弁してください・・・」

目的地は、繁華街のど真ん中、古い二階建ての建物だった。事前の調査では、一階が小料理屋、二階は倉庫になっているはずだった。

たどり着いた小料理屋は、随分繁盛しているようだった。出入りする人並みを横目に、オレとイルカ先生は、隣のビルとの間に身を滑り込ませた。

お互いの腰に腕を回し、顔を見合わせ、睦言を囁く顔で、気配を探った。

「イルカ先生、二階、何人いるか分かりますか」

「・・・気配は3人です。男が二人と女が一人」

「そうですね。では、オレは表で網を張ります。中に、入ってもらえますか?」

「分かりました」

女のおねだりに答えるような顔で、イルカ先生は頷いた。

「もし中の奴らが外に出るようなことがあったら、女の方を追って下さい。深追いする必要はありません。やばくなったら逃げて。ちゃんと俺の所に戻って来て」

イルカ先生は、一瞬きょとんとした顔をして、それから素で笑った。

「・・・そういう事、普通、言いますか?」

「何か、おかしい?」

首を傾げた俺に、イルカ先生は、おかしくはないです、と言った。

「・・・ちゃんと、あなたの所に帰ります」

そして自然に体を離し、そのまま奥の闇へ歩き出した。すう、と気配が消えて、イルカ先生が建物の中に忍び込んだのが分かった。

オレは通りに視線を移し、壁にもたれて人待ち顔をつくった。

昨日、火影様に緊急で与えられたこの任務は、木の葉崩しに便乗して、不穏な動きをする抜け忍の組織を壊滅させることだった。この建物は、その抜け忍組織のアジトの一つだと、火の国で活動している諜報班から報告が上がっていた。

表立っていない今が絶好の機会、と火影様は言った。とにかく組織を完膚なきまでに叩きのめすこと。同じような事を考える不届きな輩が出てこないように、木の葉は磐石だと周囲に思わせるように、最小の人数で、最大の効果を上げること。

やってやれないことじゃないけど。声を掛けてくる男達を適当にあしらいながら思った。あの若作り、人使いが荒いのは三代目以上だね。

「姐さん、誰か待ってるのかい」

小料理屋の中から、男が一人出てきた。

年のころは30過ぎ、中肉中背、平凡な顔立ち。だが、糸のような目が嫌な感じ。恐らく、二階にいた男二人のうちの一人。

オレは満面の笑みを浮かべた。

「お客さんを待ってるんだけど・・・お店に一緒に行こうって約束してたのに。・・・ねぇ、旦那さんは、今から、どう?」

「済まないが、他に約束があってね。でも、姐さんみたいないい女をすっぽかすとは、男の風上にもおけないね」

「ふふ、ありがと。でも、もういいわ、あんな男」

 オレはじゃあね、と手を振って、その場から離れた。じっと背中に視線が当る。

さあ、ついておいで。

男が一歩を踏み出すのを確認して、オレは足を速めた。

後は頼むね、イルカ先生。

 

 

 

イルカ先生が、待ち合わせ場所である街外れの連れ込み宿に現れたのは、日が昇った後の事だった。

事前の打ち合わせ通り、今度はイルカ先生が女の姿をしていた。部屋に入って、周囲の気配を確認してから変化を解いた。

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい」

イルカ先生は、驚いたように目を見開いて、そんな事言われたの初めてです、と言った。

「初めてですか?」

「任務中、上官からは聞いたことないです」

「まぁ、そう言われれば、オレも誰にでもは言いませんね。忍犬には必ず言いますけど」

俺は犬ですか、とイルカ先生は苦笑した。オレは頷いた。

「そうですね。イルカ先生みたいな犬、欲しいです」

どういう意味ですか、と眉を寄せられた。

「どういう意味、と言われると、返答に困りますね。そのままの意味ですから」

イルカ先生は首を傾げ、まあいいですけど、と呟いた。

「何か分かりましたか?」

オレは、宿の安っぽいベッドに腰をかけ、隣に座るよう、イルカ先生を促した。

「組織の頭目の居場所は、諜報班の報告通りでした」

イルカ先生はある豪商の名を上げた。

「その郊外にある別邸です。女が外に出たので、後をつけたら、そこに」

屋敷に忍び込んで様子を探ってきましたが、主だった面々がそこに寝泊りしているようです。

「それは、好都合」

オレは腕を組んだ。

「ああいう組織は、頭を潰すと大抵自壊します。そういう意味では簡単なんですがね・・・」

「何か気にかかりますか?」

「蜘蛛と同じです。潰し方を間違うと、蜘蛛の子散らすように下っ端が逃げてしまう。火影様は、禍根は根絶やしにしたいらしいんですが。やっぱり、今回は難しいですね。何より時間が無くなりましたから」

「時間が無くなった?」

首を傾げるイルカ先生に、オレは言った。

「さっき、火影様から連絡の鳥が来ました。・・・サスケが里を抜けたそうです」

さっと、イルカ先生の顔から血の気が引いた。

「奈良シカマルを隊長に、ナルト達下忍4人が後を追っています。ただ、どうもサスケは一人ではないようでしてね。・・・オレが考えている奴らが一緒なら、あいつらだけでは心許ない」

「・・・やはり、無理でしたか」

イルカ先生は小さく呟いた。

「誰も、サスケの心を木の葉に縛り付けておける存在にはなれなかったんですね・・・」

俺を含めて、とイルカ先生は言った。

「あなたは、はなから無理ですよ、イルカ先生」

俺は肩をすくめた。

「あなたはナルトのものでしょう」

弾かれたように、イルカ先生は俺を見た。

「サスケはオレと同じで欲の深い男ですからね。誰かと半分こなんて耐えられませんよ。全部貰えないならいらないって思うタイプです。それに、右手でナルト、左手にサスケなんて、あなた、そんな傲慢なことできると思ってたんですか?」

ぐ、とイルカ先生は唇をかみ締めた。

「・・・そうできたら、と思ってました」

「あなたも大概欲張りなんですね。ナルト一人、手を繋いでやり続けただけで、上等ですよ」

 イルカ先生は、ゆっくりとオレを見た。

揺らめいていた真っ黒い瞳が、ぴたりと静まった。

「はたけ上忍・・・自分を責めてはいけませんよ」

・・・このタイミングで、何でそういう事を言うかなぁ。

油断した。心に入ってきちゃった。

イルカ先生は、あ、という顔をした。

「・・・はたけ上忍、血が」

多分、ついて来た男を殺した時の返り血。イルカ先生は手を伸ばし、オレの頬を指で擦った。

 オレはその指を捕らえた。

 犬がいいと思っていたのに。

 まずい、惚れちゃいそう。

 

 

 

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