|
3. 「・・・カ、カカシさんっ」 うろたえた声で、イルカ先生がオレの名を呼ぶ。それだけで、我を忘れそうな興奮に襲われた。 「ね、さっき言った事、本当?」 きつく抱きしめたまま耳元に囁くと、びくりと肩が揺れた。 「さ、さっきって」 見る間に、その耳が赤く染まる。同じように血が上り、どくどくと音が聞こえてきそうな首筋に、目が吸い寄せられる。どうしよう、止まらないかもしれない。 「あなたを、抱いていいの?」 オレの言葉に、イルカ先生は怯えたように身を捩った。離したくない。オレはその背中に回した腕に、さらに力を込めた。 「答えて、イルカ先生」 「・・・い、痛い」 「答えは、はいか、いいえ。それ以外は聞かない」 手練も手管もない。直情的な言葉を情けないと思う余裕もなく、オレはイルカ先生が小さく漏らした言葉にしがみついた。 結局、どんな俺でも、あなたは、俺を抱きたいとは思ってくれないんですね。 違う。逆だ。許されるなら、あなたに触れたかった。ずっと、ずっと、初めて会った時から、あなたが欲しかった。 許されるなら。あなたをそういう風に欲してしまうオレを、許してくれるなら。 「イルカ先生」 オレの焦れた声に、イルカ先生は低く咽を鳴らした。そして、何度も躊躇うように口を開いては閉じ、唇を舐めた。濡れた唇が蠢く様子から、オレは目が離せなかった。 「・・・はい」 寄せた眉の下、悲しげにさえ見える表情で、イルカ先生は言った。 初めて足を踏み入れる彼の寝室。 襖を閉めて居間の明かりを遮ると、窓から差し込む月光が白々と、身を硬くして立ち尽くす彼の肩を照らした。その両肩を、後ろからオレは抱きしめた。 何か言いたいのに、言葉が浮かんでこない。腕の中に彼がいる事さえ、信じられない気持ちがした。この温もりが、今にも手からすり抜けていきそうで、オレは抱きしめる腕に力を込めた。 「カカシさん・・・」 低く、擦れるような声。こんな風に、名を呼んでくれるのか。 そっと指先で顎に触れると、彼は俯いた顔をゆっくりと上げた。その白くさえ見える唇に、オレは口付けた。 最初は触れるだけ。そして次は誘うつもりで、少し乾いた唇を舐めた。そっと開いた隙間に舌を差し入れ、怯える彼のそれを追い、絡めとった。 甘い、イルカ先生の味。もっと。息を継ぐ間さえ惜しく、角度を変えて何度も、口腔深くイルカ先生を貪った。 次の欲望が、すぐに下腹部で鎌首をもたげた。オレは彼の頭に手を伸ばし、髪を結わえている紐をほどいた。はらりと、黒髪が頬にかかる。オレは初めて、髪を下ろした彼を見た。 「イルカ先生・・・」 耳にかかった髪を指でそっと払い、名を吹き込むと、イルカ先生は、乱れた呼吸のせいか少し潤んだ目でオレを見て、小さく頷いた。 抱き合ったまま、崩れるようにベッドに横たわった。口付けながらアンダーの下に手を差し込み、その肌の感触を確かめた。思ったより肌理が細かいその皮膚と、その下の筋肉の硬さが、何とも言えず心地良い。腹から脇腹、そして胸へと、彼が息を詰めるポイントを探り、吐息を漏らすまで撫で上げた。愛撫の手を胸の飾りに向けると、慣れていないのだろう、少しくすぐったそうに身を捩った。 たくし上げたアンダーが邪魔だ。手を止めて脱がせると、イルカ先生はそのまま起き上がって、そっと、オレの額宛に触れた。 「外して」 そう言うと、驚いたように目を見開いた。 「い、いいんですか?」 「いいよ。色が赤いから、気持ち悪いかもしれないけど」 イルカ先生は両手をオレの頭の後ろに伸ばし、丁寧な仕草で結び目を解いた。そして、外した額宛をベッドサイドのテーブルに置き、上を脱いだオレを真っ直ぐ見た。 「・・・綺麗ですね」 少し目を細め、眩しそうに言う。 「その瞳も・・・あなたも、とても綺麗です」 オレの顔に伸ばしかけた手を、イルカ先生は躊躇するように止めた。 「触りたいの?いいよ、触って」 イルカ先生は微かに眉を寄せた。 「・・・傷が」 「うん。この目を貰った時にね」 イルカ先生の手が、そっと左目の傷に触れた。眉の上から、頬にまで走るその痕を、少しひんやりとしたその指が辿る。僅かに開いた彼の口元から、僅かに覗く舌が、ちらりと動くのが見えた。 じりっと、下腹部が熱を上げる。オレは、顔をなぞる手を取って唇をつけた。そのまま指を一本ずつ咥え、見せ付けるように舐めあげた。 「・・・カカシさんっ」 呼ぶ声を聞きながら、彼を再び押し倒した。その肌にくまなく舌を這わせ、赤い印を付けていく。オレの口が肌に落ちる度、彼の体がびくりと震え、小さく息を呑む声が聞こえた。 綺麗な腹筋に浮かぶ臍に口付け、オレは彼のズボン越しに、そこに手を触れた。戸惑ったような彼の手が、オレの手首を掴んだが、オレはそのまま、ゆるゆると擦り上げた。 「あ・・・・・・」 緩く立ち上がっていたものが、次第に形を成していった。ぐ、と握り、押し付けるように刺激すると、眉を寄せて耐える表情の彼の口から、鼻に抜けるような甘い声が零れ落ちた。オレの視線に気づいて、慌てて口を塞ぐ仕草が堪らない。 「口塞いだら、キスできないでしょ」 オレは体を寄せ、彼の右手を体とベッドの間に挟み込んだ。刺激を続けながら、空いた手を首の後ろから回して、彼の左手を拘束する。 「カ、カカシさ・・・んっ」 口付けながらズボンの留め具を外し、中に手を差し入れた。そのものには触れず、下腹や、足の付け根、下生えの付近を手の平で撫で上げる。んん、とオレに塞がれた口の中で、イルカ先生は吐息を溢れさせた。 殊更ゆっくりと、立ち上がった彼に指を絡ませ、擦り上げた。唾液に濡れた彼の唇から、はっきりと快楽の色を載せた声が漏れた。寄せた眉の下、閉じた瞼が切なげに震え、揺らめく腰とその声に、オレは陶然となった。 いい。見てるだけで、すごくいい。指先で、彼の先端を引っかくように刺激すると、オレの指に暖かい潮が触れた。 「きついでしょ、脱いで」 僅かに浮いた腰から、ズボンを引き抜くと、張り詰めた彼自身が露わになった。腹につかんばかりのそれを見つめながら、オレは体を起こした。 食べたい。いとおしい気持ちのままに、オレは彼を口に含んだ。 「カ、カカシさんっ」 悲痛な声を無視して、全体を包み込んだ。勿論、食いちぎったりはしない。裏を走る筋や張り詰めた先端との境に丹念に舌を這わせると、熱を孕んだ体から、堪えた吐息が上がった。 指で、口腔で、舌で、歯で。オレの与えられるすべてを使って、彼を慈しんだ。 彼の手が、オレの髪を掴んだ。 「・・・もう・・・カカシさん・・・だ・・・」 「イっていいよ」 愛撫を少しきつめにすると、イルカ先生は咽の奥で息を詰めた。 「だめです・・・ほ、んとに・・・」 駄目です、と何度も繰り返し、腿を突っ張らせたイルカ先生は、くぅと小動物が鳴くような声を上げた。膨れ上がったそれから、熱いものがオレの咽に溢れた。 「ご、ごめんなさい・・・」 浅く息を吐きながら、イルカ先生は潤んだ目でオレを見た。オレが飲み込んだのに気づいて、居たたまれないような表情を浮かべた。 「何で謝るの?」 「く、口に・・・」 「今までしてもらった事ない?」 え、とイルカ先生は口元を手の甲で押さえて横を向いた。 「そういう事、聞きますか・・・普通」 「・・・そうだね、不躾でした」 ごめんなさい、と目元に口付けた。イルカ先生も健康な男だ。過去があっておかしい年齢でもない。それにいちいち嫉妬するのは狭量だとも分かっている。 それでも、出会う前の時間を惜しいと思い、彼を愛し、彼に愛された人間の存在をその心から消し去りたいと思うほどには、彼を好きになってしまっている。 「何ていうか・・・」 イルカ先生は横を向いたまま呟くように言った。 「・・・あなたにされていると思うと・・・とても恥ずかしくて」 彼はふいっと後ろを向いた。その耳が真っ赤になっているのは、先ほどの逐情の名残だけではないだろう。 オレは、黒髪の間から覗くうなじに、そっと口付けた。 「・・・ずっと、我慢してました」 肌に唇をつけたまま、オレは言った。 「あなたに触れたいだなんて、考えるだけでもいけない事だと思っていました」 暫くの沈黙の後、どうして、とイルカ先生が静かに言った。 「あなたを、汚したくなかった。あなたは、いつも太陽みたいに眩しくて。真っ直ぐで。あなたの、子供たちを慈しむ手が羨ましかった。オレは、人を殺す事しかできないから」 「・・・・・・」 「それに、オレは男だから。あなたに好きだなんて言う資格が無い、ずっとそう思ってました」 ふう、とイルカ先生はため息をつき、体を返してオレを見た。 「カカシさん、俺は神様でもなんでもありませんよ。ただの男です」 「・・・はい」 「今はあなたが知らないだけで、俺にも、汚い部分やずるい部分が沢山あります」 「はい」 イルカ先生は、悲しそうに笑った。 「それを知ったら、きっとあなたは失望する」 「しません」 即座に答えたオレに、どうして、とイルカ先生は再び言った。 「俺は、あなたの思っているような立派な人間じゃない。あなたが思い描いている俺とは全然違う、ずるくて、情けない・・・みっとも無い男なんです」 伏せた瞼を震わせるイルカ先生を、オレはきつく抱きしめた。 「だから?だから何なの?」 「・・・・・・」 「オレは、あなたが、あなただから好きになったんです。どこが、じゃない。もしも理由があるとすれば、それはきっかけでしかないんです。好きだと伝える事は、拒絶が怖くてできなかったけれど、あなたを想う気持ちは、どんな事があっても揺らがない自信があります。オレの言ってる意味、分かりますか?」 オレの腕の中で身を硬くしていたイルカ先生は、やがて小さく頷いて、そっとオレに寄りかかった。 「よかった。嬉しい」 そう言いながら、オレは大切な事を言い忘れていた事に気がついた。 「何か、順番逆になっちゃったんですけど」 そっと体を離し、オレは布団の上に座りなおした。 「イルカ先生、オレはあなたが好きです。オレと、付き合ってください」 頭を下げた。 「俺もです、カカシさん」 静かな声が降って来た。顔を上げると、イルカ先生の穏やかな眼差しがあった。 「俺もあなたが好きです。初めて会った時から、ずっと」 オレは唖然とした。 「・・・本当に?」 全然気がつかなかった。そう言うと、イルカ先生は小さく苦笑した。 「知られてはいけないと、ずっと思ってましたから。あなたと同じように」 互いに顔を見合わせると、自然と笑いが込み上げてきた。二人して、何て回り道をしていたんだろう。どちらかが、一言想いを伝えたら、もっと早く成就したこの恋。 それでも、あの苦しさがあったから、今の喜びがある。 二人でくすくす笑いながら、再び口付けを交わした。 「ね・・・続き、いいですか?」 耳を軽く噛みながら訴える。 「今日は、イルカ先生のよさそうな様子を見てるだけでもいいかって思ってたんだけど」 やっぱりね、と笑って腰を押し付けると、イルカ先生は目元を赤く染めてオレを睨んだ。 「・・・お、俺ばっかり気持ちいいなんて、駄目です」 可愛い事を言う。その唇を指でなぞりながら、オレは囁いた。 「・・・あなたの中に入りたい」 イルカ先生は、はい、と小さく頷いた。 眼が眩む、とはこういう事をいうのだと、身を持って感じた。 十分に時間をかけてほぐしたが、経験の無い彼の後口は、指以上の質量を持つオレの進入を中々許してくれなかった。無理な事はしたくなかったが、実際オレ自身も切羽詰っていた。中ほどまで入れていたものを、イルカ先生の呼吸に合わせて、一気に突き入れた。 あぁっと露わな声を上げて、イルカ先生が仰け反った。その肌に、ざっと汗が噴出した。 「ごめん、苦しくない?」 浅く息を吐くイルカ先生に尋ねた。 「・・・だ、大丈夫です」 擦れる声が痛ましい。だがそれ以上に、堪えるように寄せられた眉と、噛み締める唇が悩ましくて、オレの理性は今にも飛びそうになった。 それに。 「・・・これ、やばいって、イルカ先生」 すごい気持ちいい、と口付けると、イルカ先生は短く息を飲んで、よかった、と呟いた。根元はきつく締め付けられ、包み込む内壁は潤って温かく、隙間無く絡みついてくる。気を抜くと、すぐに持っていかれそうだった。 呼吸を整えながら、ゆっくりと腰を引くと、イルカ先生が痛みに低く呻いた。 「イルカ先生、こっちに集中して」 彼自身に指を絡めて擦り上げた。力を失いかけていた彼自身が、次第に血を集めて硬くなってきた。 「は・・・はぁ・・・」 余計な力が抜けたせいか、僅かに動かしやすくなった。オレは、先ほど指で見つけた彼のポイントに見当をつけ、再び腰を突き入れた。 「あぁ・・・っ」 声の質が明らかに変わった。彼の中と同じように、オレを心まで蕩けさせるような声。オレの中で理性の壁が崩れ、獣の欲があふれ出した。その甘い声をもっと聞きたくて、オレは深く腰を引き、容赦なく奥まで突き上げた。 接合部から漏れる密やかな水音と、湿った肌と肌がぶつかる卑猥な音と、我を忘れた彼の切れ切れの喘ぎ声だけが、オレの耳に入った。 まるで、彼だけで、オレの世界が満ちてゆくような。 オレの動きに合わせて擦り上げていた彼自身が、ぐ、と張りを増し、イルカ先生が、もう、と切なげな声を上げた。 「一緒に、ね、イルカせんせ」 そして、気が遠くなるような快感を引き連れて、その瞬間はやってきた。 目覚めると、隣に彼の姿がなかった。 彼の体を抱き込むようにして眠ったはずなのに。 居間に続く襖の隙間から、明かりが漏れている。確か、眠る前に灯は消したはずだ。 オレはそっとベッドから抜け出し、襖を開こうと取っ手に手をかけた。 その時、耳に、ひくり、と息を飲み込む声が入った。 隙間の向こう、居間のちゃぶ台に向かって座ったイルカ先生の横顔が見えた。ちゃぶ台の上には、あの、告発文。 イルカ先生を貶める内容が書かれたあの紙を見ながら、イルカ先生は泣いていた。 声を漏らさないよう、口に手をあて、もう片方の手で、その告発文をそっとなぞりながら、彼は、密やかに涙を流していた。 なぜ。心臓がぎり、と引き絞られた。 なぜ、あなたは。 そんな悲しげな、そしていとおしそうな瞳で、その紙の文字を辿るのですか。 オレは、恐ろしい予感の足音を聞いた。 |
|
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||