3.

遊びで恋愛ができる人間じゃない。自分の事はよく分かっている。

一旦自覚してしまった恋心を、なかった事に出来るほど器用でもない。

イルカは目の前で笑う男を見た。同性なんて、おそらくカカシは嫌悪感を抱くだろう。呆れるほど浮名を流しているが、その相手に男の名前は一切ないし、同性が許容範囲に入っているような噂もついぞ聞いた事が無い。そういう性癖でもなく、女に不自由していないのなら、カカシの心のどこに、イルカが入る隙間があるというのか。

気に入った、というカカシの言葉に、恋愛感情を期待するほうが間違っている。ましてやカカシが恋愛に求めているのは、後腐れのないその場限りの快楽。それを得る為には、甘い言葉も優しい態度も駆使するが、その関係を維持するつもりは毛頭ない。

だからこの片恋は、カカシに気づかれた瞬間に、悲劇を迎える事が決まっている。

恋心に気づいた瞬間に失恋なんて。情けなさと救いのなさに、知らず自嘲が浮かんできた。

「何か、可笑しいですか」

カカシの声に微かに不機嫌な気配が混じった。見える右の瞳がすうっと細められる。イルカは、いいえと頭を振った。

好きだと言えないなら、どうしたらいい?恋しいと焦がれる気持ちを、どんな感情にすり替えればいい?

相手が本気になったら放り出すカカシ。だったら、このまま彼を拒み続ける他ないのか。

「・・・あなたは、ご自分の影響力をもう少し考えられたほうがいい」

イルカは、カカシの視線を避けて言った。

「影響されてるんですか?イルカ先生」

「・・・俺には、あなたが何を考えているのか、分かりません。気に入ったって、何ですか?」

「・・・・・・」

「写輪眼のカカシ、生きた伝説の英雄に、そんな風に言われても、一介の中忍に過ぎない俺には、からかわれているとしか思えません」

「・・・卑屈」

カカシのため息交じりの声に、イルカの心に痛みが走った。卑屈。そうとるなら、そうとってもらって構わない。引き止めるための予防線だなんて浅ましい事に、気づいて欲しくない。

「何とでもおっしゃって下さい」

「度を過ぎた謙遜は嫌味なだけでしょう」

「分を弁えているだけです」

再び瞳を細め、カカシは舌打ちをした。

「・・・何か、ムカつくね。あんた」

びりっとイルカの体を震わせたのは、さすが上忍の怒気。

「あぁもう、面倒臭い」

カカシは吐き捨てるように言うと、気に当てられて呆然とするイルカの顎をいきなり掴んだ。

次の瞬間、イルカの視界が翳った。目の前に、カカシの額宛。掴まれた顎の痛みに、唇に触れる柔らかな感触が鮮明に重なった。

口付けられている。カカシに。イルカは、反射的にカカシの胸に腕を突っ張った。

「なにす・・・」

微かに離れた唇の隙間で訴えると、カカシはぞっとする程冷えた目でイルカを見返した。

「目、閉じなさいよ」

低い囁きと共に、再びカカシの薄い唇がイルカを塞いだ。顎を掴まれたせいで閉じられない隙間から、カカシの舌が易々と進入する。口腔深く探られ、震える舌を絡め取られ、呼吸さえ奪われる。

拒むべきなのに。

カカシに捕えられ、甘く吸い上げられた時、イルカの体内で理性が弾ける様に溶けた。代わりに形を成したのは、慄くほど激しい、うねるような欲望。

求められ、奪い取られる感覚に、イルカの何もかもが眩んだ。拙い仕草で口内のカカシに応え、彼の頭を両腕で抱き寄せた。

微かな音をたてて唇が離れ、弾む息でカカシを見上げた時、イルカは、カカシの瞳の中に己と同じ欲望を見た。

もう誤魔化せなかった。

「おいで」

薄く笑いながら、有無を言わさぬ口調で、カカシはイルカの手を取った。

 

 

 

連れてこられたのは、あの旧校舎の一室。

女の髪を撫でるカカシの素顔を、イルカはあの時初めて見た。今思えば、もしかしたらその時既に恋に落ちてしまっていたのかもしれない。

窓から薄暮が忍び込み、巻物や書物が積み上がった部屋の中は、既に灰色に沈んでいる。

少し埃っぽいこの部屋を使うことに、イルカは躊躇と悲しい諦めを覚えた。カカシの中では、自分もあの女と同じなのだと思い知らされた。

それでいいのか。イルカの中の冷静な部分が言った。

それでもいい。イルカは繋いだ手の温かさを感じながら自答した。

目の前にカカシがいて、この体を欲しがってくれている。その誘惑を振り払えるはずがない。

部屋の一番奥に、古びたソファーが置いてあった。ここまで無言でイルカの手を引いてきたカカシが、つと振り返った。

「・・・何て顔してるの、イルカ先生」

額宛を外し、端整な素顔を露わにしたカカシは、ぐいと顔を寄せて、間直からイルカを覗き込んだ。

「怖いの?」

低い声がイルカの頬に触れた。怖いと言えば怖いのかもしれない。だが、イルカは首を横に振った。

視界の端に、カカシの脇腹が入った。割れたベストに、黒く浮いた染み。

「はたけ上忍・・・傷が・・・」

「いいから」

「でも」

拘るイルカに、カカシは薄い笑みを浮かべた。

「じゃあ、舐めてくれる?」

元々はイルカの罠が付けた傷だ。それに、カカシの体から溢れるものを厭う訳がない。

「・・・はい」

イルカの返事にカカシは眉を僅かに上げ、今度は声を上げて笑った。

「冗談ですよ」

唇が触れ合う寸前まで、カカシは顔を寄せてきた。

「正直ね、そんな事はどうでもいいの」

焦らさないで。

早く抱かせて。

イルカは堪らず目を閉じた。体の芯に、まさしく火がついたような気がした。

声だけで、こんなに感じたのは初めてだった。

口付けられながらソファーに倒された。いつの間にか服の下に忍び込んだカカシの指が、明確な意思を持ってイルカの肌を辿っていった。

零れそうになる声を、イルカは必至で堪えた。イルカ自身でさえ知らなかった全身の感覚点を、カカシは恐ろしいほどの正確さで探り当てた。

「我慢することないのに」

笑いながら、カカシはイルカの肌に舌を這わせた。その尖った歯で甘噛みされる度、イルカの体が勝手に跳ねた。直接触れられてもいないのに、血が下腹部に集まってゆく。同じ男という以上に、カカシの動きは的を得ていた。イルカに男との経験は無かったが、カカシが手馴れている事は疑うべくも無かった。

全身が燃えるように熱くなり、感覚がどんどん鋭敏になっていくのが、イルカ自身にも分かった。張り詰めた中心に触れられた時、イルカは堪らず声を上げて仰け反った。

「・・・そういう声、もっと聞かせて、イルカ先生」

きつい程に擦り上げられ、あっという間に追い詰められた。一度零れた嬌声は、もう堪える事ができなかった。自分の漏らす甘い喘ぎに、耳を塞ぎたい程の羞恥を覚えつつ、その羞恥にさえ煽られる感覚に、イルカは身悶えた。

先を包み込まれるように刺激され、制止の声も無視され、イルカは目を閉じ震えながら、カカシの手の中に放った。今まで付き合ってきた女性に、同じ様な愛撫を受けた事はあった。だが、これほどの絶頂感と開放感を感じた事はなかった。

どうしよう。イルカは打ち寄せる余韻の中で思った。こんな快楽を教えられたら、尚更戻れなくなる。

カカシが、荒い息で力なく横たわるイルカの腰を抱え上げた。イルカの右の膝裏を掴み、胸につく程押し上げた。

「な、に・・・?」

「知らない訳じゃないでしょ?」

からかうような口調と共に、ひやりとしたものが、イルカの後口に塗り込められた。思わず身を捩ったが、カカシは頓着なくイルカを押さえつけ、指を中に差し入れてきた。

突き上げる吐き気と、無理に広げられる痛みに、燃えるようだったイルカの体に冷や汗がざっと浮いた。

「・・・きついね。やっぱり、初めて?」

今更の質問に、イルカはがくがくと頷いた。だが、止めてくれという言葉は、深い口付けに吸い取られた。

「息吐いて、力抜いて」

声は優しいのに、動きには容赦なかった。前にもカカシの指が絡み、今度は緩やかに刺激された。弄る指が体内で蠢く違和感とのせめぎ合いに、イルカは歯を食いしばって耐えた。

やがて、イルカの中に潜っていたカカシの指が、その一点を掠めた。

「―――――っ」

初めて経験する、眼前が白く弾けるような快感に、イルカは声も出せずに体を強張らせた。カカシが小さく笑うのが聞こえたが、その表情を見る事さえできなかった。体内の違和感が甘美な疼きに変わり、荒い呼吸が濡れた吐息に変わった。カカシは指を引き抜き、指とは比べ物にならない圧倒的な質量をイルカに押し付けた。

「は、たけ」

湧き上がった恐怖に、イルカはカカシを呼んだ。カカシは答える代わりに、わななくイルカの唇に自分の唇を重ねた。口内を犯されながら、イルカはカカシの猛りを受け入れた。

最初に訪れたのは、引き裂かれるような痛み。そして、痛みに慣れる前に揺するように突き上げられ、先ほど与えられた快楽の気配が体内でうねり始めた。

カカシが、中に。そう思った瞬間、イルカの視界がせりあがる様に揺れた。

目が熱い。カカシが、驚いたように僅かに目を細めた。瞬きをすると、目からその雫が溢れ、耳の方へ伝い落ちていくのが分かった。

本当に痛いのは、体ではなかった。

「何で泣くの?」

カカシが囁いた。その声が、イルカの体内でまた熱に変わった。

「どうして、そんな顔して、泣くの?」

嬉しいから。イルカは噛み締めた唇の中で叫んだ。あなたに求められて、あなたに抱かれて、あなたと繋がりあえて嬉しいから。

あなたが好きだから。

でも、とイルカは言葉を飲み込んだ。この本当の理由を、口にすることは決してない。

カカシが求めているのは、快楽を分け合う為だけの関係。この気持ちをカカシに知られたら、彼はイルカから離れていく。それだけは、絶対に嫌だ。

カカシの長い指が、頬を伝う涙を掬い取っていくのを感じながら、イルカは呟いた。

「・・・きもち、い」

カカシの動きが一瞬止まった。

「・・・そう」

低い呟きがイルカの耳を犯したと思った瞬間、カカシの熱が、イルカの更に奥まで突き入れられた。

「・・・っうあ・・・」

その深さと鋭さに、イルカは細い声を上げて咽を晒した。上下するその無防備な肌に、カカシは歯を当てて言った。

「淫乱」

言葉の意味より、淡々とした口調が、イルカの胸を抉った。でも、言う通りかもしれない。こんなみっともない真似までして、この男が欲しいのだから。

カカシの動きが、直増して激しくなった。背骨まで砕かれそうな深い交合。痛みと快楽、相反する底の見えない感覚にイルカは溺れた。体内で脈打つカカシの存在だけが、唯一確かなもののような気がした。

カカシに嬲られていたイルカの前が、再び限界を迎えた。飛沫が腹に飛び散ると共に、体内のカカシの猛りが容量を増した。腰をきつく寄せられ、穿たれ、その迸りが内壁を熱く打ったのを感じた瞬間、イルカの視界がすうと霞んだ。

カカシと交われた。

嬉しいのに。嬉しいはずなのに。

イルカは途切れてゆく意識の中で思った。

心が、こんなに痛いのは、何故なんだろう。

 

 

 

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