6.

唇はすぐに離れた。

だが、カカシは離れない。イルカの体を床に縫いとめ、呼吸が絡み合う距離からじっと見下ろしてくる。

「な・・・に・・・?」

全く予想外の状況に、イルカは呆然とカカシの双眸を見つめ返した。その灰の右目と焔の左目は、イルカのすべてを見通そうとでもいうように鋭い光を放っていた。

「は、たけ」

「逃げたいなら本気で」

低い囁きと同時に、再び唇を重ねられた。

「っ・・・ん」

動揺の隙を突いて、舌がぬるりと忍び込んできた。拒もうと反射的に頭を振ったが、カカシの腕に抱えるように押さえられて果たせない。ざり、と後頭部が床のタイルを擦り、濡れた黒髪が広がった。

体格は同じ程なのに、力と技量の差は圧倒的だった。動きの起点となる筋肉と関節を的確に押さえられ、イルカの腕も足も、身動きさえままならない。

辿るように歯列をなぞられて、舌を噛み切るという考えがイルカの頭をよぎった。だが同時に、重い任務の責を負うカカシに、これ以上の傷をつける訳にはいかないとも思った。

嫌悪を感じないのは、戸惑いと混乱で僅かの余裕さえ無いからだろうか。

イルカの恐慌を他所に、カカシは思う様イルカの口腔を貪った。粘膜を嬲る、呼吸を奪われるような深い口付けに、頭の芯が痺れ始めたのを感じながら、イルカは、先刻、カカシの言った本気という意味に思い至った。

上階級にあるカカシが命令として行為を強いるなら、イルカに否をいう権利はない。だか、カカシが求めているのはイルカの選択だった。

拒みたいなら、多少歯を当てた程度では怯まないだろうこの舌を噛み切ってでも、奥歯に仕込んだ毒を使ってでも逃げ切って見せろ。そうカカシは言外に宣告したのだ。

オレを受け入れて。先刻、カカシはそう言った。

誰よりも誇り高い忍であろうカカシが、己の矜持を崩し、こうして急所を晒してまでイルカに求めるものの重みが、拘束の強さと共に、ずしりと圧し掛かってきた。

半可な理由や理屈は通用しない。この場凌ぎの言い訳などもっての外。

ただ、カカシという男を、拒むのか、受け入れるのか。それだけ。

そしてそれは、どちらにしろ命懸けなのだとイルカは悟った。

だったら。

「・・・・・・」

イルカが全身から力を抜いたのに気付き、カカシは動きを止めた。唾液に濡れた唇が離れ、糸の様に細められた目がイルカを射た。

「・・・やっぱり、あんたは甘いね」

静かな声は冷厳な程だった。

「今のあんたに、こういう事をするのはまずいって分かってる。・・・だから、抵抗して欲しかったのに」

オレはもう離せないから。

自分の行為を棚に上げたその言い分は、以前ならば、ただ傲慢で身勝手な言葉にしか聞こえなかっただろう。

だが今は、そこにカカシの剥き出しの本音が垣間見えた気がして、イルカは背筋を震わせた。

「・・・触らせた?」

着物の襟が、荒々しい手つきではだけられた。汗ばんだ肌の上を指が辿り、無防備な喉を唇と舌が這った。

「・・・え?」

「あのガキに、この体、触らせた?」

いいえ、と首を振ったイルカの言葉をどう受け取ったのか、

「い・・・たっ・・・」

首と肩を繋ぐ筋肉に、強く噛みつかれた。

カカシに、愛撫と言えるような甘さはなかった。びりびりと震えが走る程きつく吸い上げられ、皮膚を破らんばかりに深く歯をたてられ、行為はまるで、肉食の獣が仕留めた獲物を喰らうかのように荒々しかった。

胸に降りた唇が、突起を強く吸い上げ、尖った部分を舌で押しつぶした。微かに冷たい掌が、脇腹から乱れた着物の裾を割って下腹へ滑った。雄をきつく握り込まれ、そのまま無遠慮に擦り上げられて、ついに、必死に堪えていた声が零れた。

「や・・・ん、う・・・ああっ」

施される感覚は、イルカ自身がコントロールできない分、翻弄されて目が眩んだ。脳が明滅し、息が詰まるような心地に追い上げられて、快楽なのか苦痛なのか、それさえ考える事も出来なかった。

ち、とカカシが小さく舌打ちするのが聞こえた。

イルカの背と肩に腕が回り、体を返された。腕と両膝を床につけ、下肢をカカシに向けて上げた姿勢を取らされて、イルカは朦朧としながらも、湧き上がる羞恥に顔を伏せた。身動きする度、濡れた着物と髪の毛が肌に張り付く感覚にぞくりと震えが走り、体温がひどく上がっている事を教えられた。

帯だけで体に絡み付いていた着物が、腰へとたくし上げられた。息を飲む間もなく、ひやりとした滑りが剥き出しの秘所に塗りつけられた。

「・・・力抜かないと自分がキツいよ」

全身を強張らせたイルカの耳に、荒い呼吸がかかった。だが、経験の無い身には勝手が分からない。ただただ、与えられるカカシの行為を受け入れるしか術がなかった。

ぐちり、と生々しい音と共に、カカシの指がイルカに埋め込まれた。

強烈な痛みと違和感に悲鳴も上げられず、イルカは歯を食いしばって、カカシから逃れようと必死でもがいた。どっと汗が噴出したその体を抱き込むように押さえつけ、カカシはさらに奥へと侵入した。

「ひっ・・・」

指は欠片の躊躇もなく、イルカの内壁を弄った。イルカの内側はカカシを絡めるように蠢き、カカシの指はそれを広げるように押し進んだ。行き来する指の動きが、痛みと交じり合ってありありと感じられ、イルカは呼吸も覚束ない程身悶えた。

そして、掻き回す指がその一点を掠めた時、イルカは眼前で光が炸裂したような気がした。

「・・・よくても、悪くても、声は我慢して」

血の匂いのする白い手が、咎めるような乱暴さでイルカの口を塞いだ。指が抜かれる感触に、イルカは堪らず歯をたてた。

「これ以上、興奮したくない」

囁きと同時に、貫かれた。

 

 

 

ふと、肌に触れる空気の動きを感じて、イルカは目を開けた。

薄暗い視界。何度か瞬きをして、自分が庭に面した部屋の畳の上に横たわっている事に気付いた。

「ほんの、2、3分だから」

カカシの声が聞こえた。慌てて起き上がろうとしたが、途端に疼くような腰の痛みに襲われて、イルカは息をつめた。

「・・・っ」

ぎしぎしと軋む体は全裸で、カカシの白い着物が掛けられていた。髪はまだ濡れて、首筋に張り付いていた。

カカシとの行為の途中で、気を失ったのか。自分の身に起こった現実がまざまざと思い出され、羞恥と、疲労と、どこか清々しいような感覚がない交ぜになった。

「行かなきゃならない」

低い声に顔だけ上げると、カカシは、イルカから少し離れた窓際に立っていた。視線は窓の外、庭から空へと向けられていた。

 淡々としたその横顔に、どこへ、と聞くまでも無かった。

「・・・俺は、どうすれば」

「今晩中に連絡する。それまで待機」

切るように答えて、カカシはイルカを目だけで見た。

「体、そのまんまなんだけど。始末の仕方、わかる?」

配慮の欠片も無い言葉と、ほんの微かに寄せられた眉。

多分、これで心配してくれているのだろう。・・・恐らく。

「・・・最低だ、あなた」

何だか、無性に笑えてきた。

 

 

 

「ユキトさん」

自邸へ続く路地で、背後からいきなり名を呼ばれ、ユキトは飛び上がらんばかりに驚いた。振り返ると、街灯と街灯の間、光が淡く交差する辺りに、思いがけない、そして待ちわびていた人の姿があった。

「イルカさん!」

「今晩は」

にこり、と柔らかな笑みを浮かべ、イルカは小さく頭を下げた。肩の辺りまである黒髪を揺らしながら近寄ってくるイルカを、ユキトは信じられないような思いで見守った。

「あの、どうして」

「来ちゃいました」

イルカはどこか子供っぽい口調で答えた。

「こんな時間にご迷惑かなとも思ったんですが・・・会いたくて」

語尾の小さな囁きに、ユキトの心は喜びと期待に浮き立った。

「迷惑な訳ないです。僕だって、会いたかった」

そう答えると、イルカははにかむように微笑んだ。

体を寄せ合うように、二人はユキトの自邸へ歩き出した。

すぐ傍らにあるイルカの体温に高ぶる内心を抑えながら、ユキトはそっとその横顔を見遣った。

不思議な人だと思った。

野暮ったくさえ見える外見や、穏やかな物腰、丁寧な話しぶりは、出逢った時に抱いた真面目で誠実な印象そのままだった。同性の彼に恋情を抱く自分を賤しいと思う程、清廉な雰囲気を身に纏っていた。

その一方で、イルカは時折、ユキトの想いを見透かしたような言葉を零し、艶めいた眼差しでユキトを誘った。いや、誘われたと思っているのはユキトの方だけで、イルカには何の自覚もないのかもしれない。それさえ見極める事ができず、ユキトはただ、イルカの視線一つ、言葉一つに惑わされた。

今日こそ、気持ちを伝えよう。ユキトは改めて心を決めた。

本当は、一昨日、自宅へ招いて宿泊を了承させた時に告白するつもりだった。急に帰ると言い出したイルカの背中を見送ってから、焦がれる想いは更に深くなった。

同性同士だとか、年上だとか、遠く離れた所に住む人だとか。今まで、イルカへの想いを明確にする事を躊躇させていたものは、もう何の枷にもならなかった。

イルカが欲しい。自分だけのものにしたい。

ずっと一緒にいて貰いたい。彼の中で、何よりも自分の事を優先して貰いたい。

そして、こうして再び会いに来てくれたイルカは、きっと自分の気持ちに応えてくれる筈だと、ユキトは信じていた。

 

 

 

進む

戻る

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送