迂回に迂回を重ねていたが、流動的な戦線を読み切る事は難しい。図らずも戦闘の真っ只中に入り込んでしまったカカシは、ついに敵に遭遇してしまった。

イルカを背負ったままでは、応戦も難しい。背後に追ってくる敵から逃れる為、カカシは更に西へ走った。

行く道は次第に細くなり、足元に岩が目立ち始めた。

上へ上へと登って行きながら、足下から響いてくるような水音が聞こえ始めて嫌な予感を覚える。深い藪を抜けて、視界が開けた瞬間、カカシは舌を打った。

切り立った崖の上に追い詰められていた。眼下は、森を貫いて南へ流れる大河だ。

「分かる?」

背中からイルカを下ろし、問うた。

「水の音が・・・川があるんですか?」

「・・・まあ、ね」

普通の人間なら、目が眩み足が竦む高さだ。川面から吹き上げてくる風に、イルカの髪が弄られる。

「泳げる?」

「目が見えていたら」

イルカの声に不安気な様子が混じった。

どうしようか。迷ったカカシに、イルカは、ついと顔を上げた。

「俺を殺して下さい」

「え?」

驚くカカシに、イルカはにやりと笑顔を見せた。そして、カカシの手を振り解くと、止める間も無く崖下へと身を翻した。

「ちょ・・・」

遥か下の水面で、大きな水柱が立った。

やってくれる。

カカシも面を外し、イルカの後を追って飛び込んだ。敵の怒号が聞こえ、背後で何かが爆発した音がした。

落下と着水の衝撃で一瞬息が詰まったが、カカシはすぐに浮上して、イルカを探した。

案の定、数メートル下流で、黒髪が浮き沈みしていた。急いで側に近づき、溺れかけたその体を背後から支え、顔を水面に出させた。流れが緩やかだったのが幸運だった。

咳き込むイルカを背中で抱きかかえるように泳ぎ、岸へ引き上げた。流石に息が切れて、カカシはそのまま、小さな砂利が転がる河原へへたり込んだ。

「無茶するね」

カカシの言葉に、跪いて咳き込んでいたイルカが、荒い息の中で返した。

「じゃあ、もし、俺が飛び込まなかったら、どうしてました?」

「あんたを殺すために、河に突き落としたよ」

どちらともなく、笑いが零れた。

「敵は?」

「一般兵だったからね、あの高さから飛び降りようとは思わないでしょ」

見上げると、その頂から飛び降りたと思しき崖が、遠く北に見えた。思った以上に下流に流されていたらしい。敵から逃れる事ができた上、太陽の位置から判断するに、近道のおまけまでついたようだ。

呼吸を整えたイルカが、よろよろと立ち上がった。

濡れた衣服が細い体に張り付いている。目の封印は、いくら濡れても消える事はない。カカシを探すように伸ばされた手を取ろうとした時、イルカが砂利に足を取られてよろけた。

「危ない」

腕を掴んで支えると、

「ありがとうございます」

イルカは安堵したように息をついた。そして、

「ごめんなさい。少しだけ・・・」

そう言って、カカシに身を寄せてきた。

濡れた体から、イルカの体温が伝わってきた。ひんやりとした水の匂いの中に、イルカ自身の温かな匂いがある。

黒髪が口元に張り付いているのを、カカシは指で払った。そのまま冷えた頬を包むように触れると、その手にイルカの方から、頬を摺り寄せてきた。

胸に湧き上がった熱いもののままに、カカシはイルカに口付けた。

一瞬身を硬くしたイルカは、だが、すぐに力を抜いて、カカシに身を委ねてきた。その様にカカシの脈が更に跳ね上がった。

僅かに開いた唇から、舌を差し込む。おずおずと、それでも明確な意思で以ってカカシを迎え入れたイルカを、最初は怯えさせないようゆっくりと、だが終いには深く絡めとり、呼吸も許さない程に貪っていた。

離れ難さを感じながら唇を離すと、イルカはカカシに縋り、何かを堪えるように息をついた。互いの唾液で赤く濡れた唇が艶めいて見え、カカシは目を細めた。

イルカの瞳を見たい。強烈に思った。

今、イルカが、その塞がれた瞼の下で、どんな風にカカシを見つめているのか。どんな感情でカカシを思っているのか。それを、無性に知りたかった。

腰を抱き寄せて瞼に唇で触れると、イルカは小さく声を零して、身を震わせた。

このまま、抱きたい。

そう思った瞬間、イルカが言った。

「いい・・・です」

「・・・え?」

「このまま・・・あなたの好きに・・・」

抱いてくれというのか。抑えていた情欲が猛るのをカカシは自覚した。同性は知らぬと言っていた。その体を開いて、他の誰も知らぬ場所へ自分の痕をつけていいのか。自分のものだと、消えぬ証を刻み込んでいいのか。

だが、カカシの腕を掴むイルカの指が、可哀想な位に震えているのに気付いて、我に返った。

カカシの役に立たぬ自分が悔しいと言っていたイルカ。その気持ちが、まさしく献身の意味で、イルカに身を投げ出させようとしているのかもしれない。

「・・・今は、駄目」

もしそうだとしたら、ここでイルカの体を摘み取るのは、自分自身が許せない。

「どうして?」

「状況がね」

イルカの声が、泣き出しそうに揺れた。

「俺じゃ、駄目ですか?」

「そうじゃない」

イルカの体を抱き締め、あやす様に背中を擦る。

「こういう状況で、あんたをオレの好き勝手にするのは、よくないでしょ」

「・・・・・・」

「里に帰って、体を治して、それから」

「逢って貰えますか?」

イルカが、張り詰めた声音で問う。

「あなたは暗部でしょう?俺は、あなたの顔も名前も知る事は許されない」

俺は、あなたを探す事もできない。そう唇を噛み締める。

「だから、里に戻ったら、もう二度と逢えないんじゃないかって・・・それは、嫌です」

カカシは、イルカを抱く腕に力を込めた。

紛れもなく、イルカはその心で、カカシを求めてくれている。それが、苦しいほどに嬉しかった。

「逢いに行くから」

はっきりと、未来を告げた。

「戻ったら、この面を外して、あんたに逢いに行くから」

「・・・本当に?」

「約束する。その時は、あんたをオレの好きにするよ?」

覚悟を決めてね。カカシの言葉に、イルカは確かに、喜びを湛えた微笑みで頷いた。

もしかしたら、戦場を離れて冷静になったイルカは、同性であるカカシを拒むかもしれない。だが、それならそれで構わない。

今の約束は、イルカの為に暗部を離れるというカカシの決意であり、イルカの未来と心を縛るものでもあるのだ。

生真面目なイルカなら、例え意に添わなくとも、一度結ばれた約束を安易に反古にするような真似はしないだろう。

そこに、つけ込んでしまえばいい。つけ込んで、囲い込んで、離さなければいい。そこまで考えて、カカシはイルカに、約束という言葉の罠を仕掛けたのだ。

我ながら狡猾だと思い、それだけイルカに深く囚われてしまったのだと自覚した。

「早く、あんたの瞳を見たい」

どんな美しい色をしているのか。どんな感情を浮かべてカカシを見つめてくれるのか。それを、知りたい。

そう囁くと、カカシの背に回された腕に、力が篭った。

 

 

 

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