翌日、無事に森を抜けたカカシは、イルカを里に連れ戻った。イルカは直ぐに病院に収容され、簡単な治療を受けたカカシは三代目に呼び出された。

人を払った火影の執務室で、カカシは、衝撃的な言葉を告げられた。

「記憶を、消す?」

三代目は、淡々と煙管の煙を吐き出した。

「そうじゃ。うみのイルカの記憶は消す事になる」

「何故?」

カカシは、掴みかからんばかりに三代目に詰め寄った。常には見られぬその剣幕に、三代目は皺に埋もれた眼を見開いた。

「イルカが何を見たか、知っておるか?」

「はい」

怯えを必死で堪えながら、話してくれたその忌まわしい記憶。あの禍々しい存在がイルカの心を蝕んでいる。

「尾の無い獣」

三代目は、耳慣れぬ言葉を口にした。

「イルカの部隊が触れた禁忌は、尾の無い獣じゃ。そして、恐怖に記憶が損なわれぬよう、他に道を盗まれぬよう、イルカの瞳そのものに、尾の無い獣への道筋を封印しておる」 

尾の無い獣とは、人か。

人の姿をしたそれを、人は何と呼ぶ。

「それは・・・か」

「カカシ」

三代目はカカシの言葉を遮った。その瞳の中にあるのは、紛れも無い畏れだ。

「イルカの話を聞くに、あれは、そうと呼ぶには根源的に過ぎる。地の母、とあの地方の古い文献には語られておるがな」

母。産んだ我が子を愛しがって泣くいきもの。

「祭られている、それは逆に言えば、その場に封印されているという事じゃ。迂闊にも、イルカ達はそれを破った。そして、図らずも、怒りまで買ってしまった」

肉塊から生み出されたものを、切ってしまった。恐らくそれは、母が産み落とした大切な我が子。怒りに狂うのは当然だ。

「結界は完全には切れておらん。だからこそ、イルカは助かった。イルカの瞳から無尾への道を読んだら、わしはそこへ向かい、切れ掛かった印を、封じ直す」

あれは表に出してはならんものじゃ。三代目の表情は険しかった。

「もし、封印をすべて解き放ったら、その力は尾の在る獣を遥かに凌駕する。そんな力の在り処を背負ったまま生きていくには、イルカはまだ、か弱過ぎる」

三代目は、カカシに言い聞かせるように告げた。

「何より、怒りに触れた記憶は、この先イルカの心から安寧を奪うじゃろう。そんな辛い思いも、させたくない。させる必要も無い」

目を閉じて、カカシは耐えた。

「お主を先遣隊隊長に命ずる。明朝、夜明けと同時に隊を率いて、あの村へ向かえ」

三代目の声が、審判を下すかのように冷徹に響いた。

「イルカから道を読んで記憶操作を施したら、すぐわしも後を追う」

「・・・戻ったら、イルカに逢えますか?」

カカシの儚い嘆願に、三代目は首を横に振って答えた。

「操作された記憶が安定するまで、一年かかるか五年必要か、それは人それぞれじゃ。何がきっかけで、記憶を取り戻すかも分からん」

「・・・・・・」

「わしがよいと判断するまで、イルカに逢う事は許さん」

お前達の間に何があったかは知らんが。

「理解しろ」

突きつけられた言葉に、カカシは絶望した。

 

 

 

この衝動は何だ。

気がつくと、カカシは、イルカの病室の前に立っていた。

任務中は自制できたイルカへの激しい情動が、カカシを突き動かしていた。

イルカの記憶が消される。イルカの中から、自分が消える。忘れられる。それが、こんなにも苦しい事だなんて。

残したい。イルカの中に、自分という存在を刻み込みたい。忘れても忘れられない程に、深く、自分の痕を残したい。

記憶に残れないならば、せめて、体に。

ドアを開くと、イルカは奥のベッドに横たわっていた。

「誰?」

気配を感じたのか、イルカはすぐに起き上がって誰何した。その目は白い包帯に厚く覆われて痛々しささえ感じさせた。

黙ったまま近寄ったカカシは、面を外すと、イルカの体に圧し掛かった。一瞬、怯えたように身を震わせたイルカは、すぐに力を抜いて、カカシの体重を受け止めた。

「来て、くれたんですね」

ベッドに押し倒すと、ため息のような吐息がイルカから零れた。カカシの顔に愛しげに指を伸ばし、確かめるようにカカシの頬をなぞった。

その温かい指を捕らえ、シーツに縫い付けた。

「オレを忘れるの?」

カカシの悲痛な問いかけに、イルカは、唇を噛んで顔を歪めた。

「・・・三代目の、決定です」

でも、俺は忘れたくない。声が、涙で歪んだ。

「忘れないで」

カカシは、イルカの体を強く抱き締めた。この腕の中で壊して、そのまま閉じ込めておきたいと、折れる程きつく引き寄せた。

「好き」

オレにはあんただけ。

「だからオレを、忘れないで」

「忘れたくない」

あなたを忘れたくない。カカシの背に縋るイルカの腕が、その激しい感情をカカシに伝えてきた。

「俺も、あなたが、好きです」

イルカが、こうして同じ想いを返してくれる事が、今は堪らなく切なかった。このまま、イルカを連れ去ってしまいたい。他の誰もいないところで、二人だけで生きて行きたい。そう願う事さえ許されない事だと互いが理解しているのが、何よりも辛かった。

性急な愛撫にも、感情に任せた猛々しい挿入にも、イルカは健気にカカシに応えた。

その硬く青い体は、カカシに昂ぶらされ、肌を嘗め尽くされて、初々しくも淫らに乱れた。カカシの心の隅にあった、衰弱した体に無理をさせているという申し訳無さは、イルカの唇から零れる声が確かに深い愉悦に濡れているのを聞いて、溶岩のような情欲に飲み込まれた。全身で、カカシと繋がる喜びを示すイルカに、カカシの執着は更に深くなった。

失ってしまうのか。そう思うと、正気を保てないとさえ思った。

 

夜明けが近付いている。

別れが、忍び寄ってくる。

カーテンの隙間から見える空に、カカシは、これから先の闇を思った。

時間は余りにも残酷だった。

「・・・ごめん」

腕で包み込むように抱き寄せいていたイルカから、カカシはそっと体を離した。感情を制御できずに何度も穿って、結局イルカの体から血を流させてしまった。

「傷の手当てを、それに、中に、出してしまったから」

綺麗にしないと。そう言ってベッドから起き上がろうとした腕を、掴まれた。

「嫌です」

小さな、しかし断固とした口調で、イルカが言った。乱れた夜着の下で、カカシの汗と精を浴びた体が光って見えた。

「どうか、このまま」

「でも」

「嫌です。一秒でも長く、あなたを感じていたい」

あなたの為に流した血を、体の奥にあるあなたの熱情を、全身に染み込んだあなたの匂いを、愛撫の感触を。少しでも長く、この体に残しておきたい。

無くしてしまう記憶の代わりに、全部この体に刻み込んでおきたい。

イルカは泣いていた。情交の最中も、目に巻かれたその包帯には新しい雫が次々に染み込んでいた。そして今も、声を堪えて、溢れる涙を隠している。

「約束する」

カカシは、イルカの手を握った。

「あんたがオレを忘れても、オレはあんたを忘れない」

オレを忘れたあんたを、必ずもう一度、オレのものにする。

「無理矢理にでも、あなたのものにして下さい」

強く握り返してくれるイルカに、何よりも力を与えられた。

「その時は、もう、絶対に離さない」

約束は、きっと、二人の未来を切り開く。

最後に微笑んでくれたイルカに、白々と空け始めた空に、カカシは、強く祈った。

 

 

 

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