6.

森そのものが、まるで意思を持っているかのようだった。

カカシとテンゾウが歩む先、互いに絡み合っていた木々が枝を解いて道を作り、二人の背後で再び結びついた。足を踏み出す先はきちんと均されて見えるのに、振り返ると、ぬかるみを踏んだ跡さえ消えている。見上げても、黒々とした葉が重なり合って空は僅かも見えず、どちらの方角に太陽が沈んだのかさえ分からなかった。

樹木も下草も、一様に水分が抜けてしまったかのように干からび、ねじれて生えていた。獣の気配は全く無い。

「やっぱり気持ち悪い」

テンゾウが首を後ろを撫でながら呟いた。

木々に案内されるように辿り着いたのは、樹木の間に開けた窪地だった。中央に、小屋と言ってもいい程の小さな家屋が建っている。石組みの壁は苔むしてひび割れ、枯れかかった雑草が屋根を覆うその建物は、人が住んでいるようには思えない程寂れていたが、小さな窓にかかったカーテンの隙間からは仄かな灯りが零れていた。

ノックの後、程無くドアを開けたのは十代半ばと思しき少年だった。

「誰だ?」

横柄な口調で言い、眼鏡をかけた黒い目がカカシを見上げる。短い黒髪神経質そうだが整った面差し。足まで覆う長いローブのような衣服は、この辺りでは見ない形だ。

「ここの主に、お目通り願いたいのですが」

「ぼくが、主だけど」

そう答えて、少年はカカシ達の反応を楽しむような表情を見せた。無論、人を外見で判断するのは愚の骨頂だ。それ以上に、相手は気難しい男だと綱手から聞いていたカカシは礼儀を崩さなかった。

「失礼致しました。木の葉隠れ里五代目火影より、親書を預かって参りました」

少年は、カカシとその後ろに立つテンゾウの顔を見比べた。

「・・・ま、入るがいい」

室内は広かった。外から見た面積と余りに違い過ぎて、何か仕掛けが施されているのは間違い無かったが、カカシでも見抜けなかった。やはり一筋縄ではいかない。テンゾウが更に気を張り詰めたのが分かった。

カカシから手紙を受け取ると、少年は部屋の中心に置かれた椅子に腰かけた。カカシには判読不能の文字が書かれた紙が、何枚も床の上に散乱している。壁の棚には、大小のフラスコと、中身が何か確認するのを躊躇するようなものが浮かぶガラス瓶が所狭しと並んでいた。

客人用の椅子を用意するつもりは更々無いらしい。少年が手紙を読み終わるのを、二人は立ったままじっと待った。

読み終えた手紙を閉じ、脇のテーブルに放った少年の第一声は、

「相変わらずいい女か?」

綱手の事だと判断して、カカシは頷いた。

「はい」

少年は、くくく、と声をたてて笑った。余りに歪み過ぎて丸く聞こえるような、奇妙な笑い方だった。

「もう幾つになるのかな。若い頃の姿を保つのは面倒だろうに。全く、皮一枚の美醜などどうでもいいのにね。ま、その愚かしさが愛おしいんだけど」

馴れ馴れしく無礼な口をきいた後、眼鏡の奥の眼が光った。

「どうして彼女自身が来ない?」

「里の長が、里を空ける訳にはいきません」

少年は鼻で笑った。

「成程ね。ここに書いてある文面は、とても人に物を頼む態度ではない。何と、ぼくにはこの申し出を断る権利は無いそうだ」

彼女らしい。そう呟く少年は酷く楽しげだった。

「そう言われたら、断りたくなるのが、人の常だな」

「ぜひ、ご一緒願います」

少年は眼鏡を外して、カカシを見上げた。

「それは、力尽くでも、という意味かな?」

頷いたカカシに、少年の笑みが更に深くなった。

「・・・やれるものならやってみるがいい」

少年は、座っていた椅子から立ち上がると、その場に膝をつき床に掌をつけた。

見る間に、少年の周りに円形の陣が浮き上がった。二重の円とその間を埋める文字で構成された陣は発光しながら回転し、風圧に似た光の圧力がカカシとテンゾウに吹き付けた。床に散らばっていた紙が吹雪のように宙を舞う。

「お前達が使う技とは違うよ」

陣が放つ光の中心で笑う少年は壮絶だった。

「存在を完全へと錬成する技、とでも言おうか」

歌うように少年は言った。

「自慢じゃないけれど、ぼくは、強いよ」

「分かります」

少年は、カカシが今まで対峙してきたどの敵とも違う。だが、その強さは嫌と言う程感じ取れた。カカシは両手にチャクラを集めた。背後でテンゾウが構えるのを確認し、互いにタイミングを計り始める。

異質な力が、この家を越え、森全体よりも更に広いどこかから、少年に向かって渦を描きながら集まってくる。チャクラでは無い。形容できない、未知の何か。

「一つ聞こう」

力の渦の中心で、少年が言った。

「報酬は?手紙には書かれていないけれど」

カカシは、綱手に直接言付かった言葉を口にした。

「その件は、里で五代目が直接話すそうです」

うんざりしたように肩をすくめた少年に、更に伝言を続けた。

「五代目は・・・あなたの望みは分かっている、とも仰っていました」

その言葉に、少年は訝しげに眉を寄せた。

「それは、本当に綱手自身が言ったのか?」

「はい」

「・・・成程ね」

少年は、床から掌を離して立ち上がった。嵐の只中のようにカカシに吹きつけていた圧力が、陣と同時に一瞬で消えた。

「承知した。お前達に同行しよう」

少年は、拍子抜けする程あっさりと言った。

 

 

 

「久しぶりだな」

笑顔を浮かべた少年から、綱手は眉を寄せて眼を逸らした。少年は心底楽し気な笑い声を上げた。

「相変わらずつれないな。それでも許してしまうんだから、惚れた方が負けだというのは真理だと実感するよ」

「・・・お前も相変わらず口が減らない」

「おしゃべりな男は嫌いだったかな。さて、ぼくは何をすればいい?」

綱手は、封印を切った鋼鉄の扉を指差した。

「あの扉の向こうに、男がいる。その男の眼の中に、何があるのか見て貰いたい」

頷いた少年は、更に笑みを深くした。

「先に、報酬の話をしておきたいんだが」

「・・・お前の望むものは、分かっている」

睨むように見返した綱手の返事に、少年は、ここにきて初めて軽薄な笑みを消した。

「一体、どういう心境の変化だ?ずっと、ぼくの顔を見るのも嫌だと言っていたのに」

シズネが気遣わし気な目で綱手を見つめた。それに気付いた綱手は、息をついて肩の力を抜いた。

「木の葉の里の者は全員私の子供だ。子の幸せを願うのは親として当然だよ」

「親、ねぇ・・・」

少年は、綱手の後ろに控えるシズネ、カカシ、テンゾウと、順に視線を向けた後、再び薄く笑みを浮かべた。

「・・・まぁ、いい。ぼくは、ぼくの望みが叶えばそれでいい」

少年の姿が、扉の向こうに消えた。

「五代目・・・」

シズネが、心配気に綱手の着物の袖を掴んだ。

「心配をしでないよ」

綱手はその手を優しく叩いて微笑んだ。

「今すぐ、何がある訳でもないから」

「でも・・・あの少年は・・・」

「子供に見えても、実年齢はもう百歳を超えている」

え、とシズネは言葉を失った。

「あの身体の大きさが、動きやすくて丁度良いんだそうだ」

「変化ではないんですか?」

「違う。実際に十四歳の肉体だ」

「・・・彼は、一体・・・」

シズネが呆然と呟いた。綱手はカカシとテンゾウを見た。

「あいつの技を見たか?」

手紙を届けた時を思い出した。少年が床に触れた途端に浮かび上がった発光する陣。描かれた線と文字から湧き上がる未知の力。そして、中心で笑う少年の、得体の知れない禍々しさ。

「お前は、あれを何だと思う?」

綱手の問いに、カカシは首を振った。

「正直、分かりません」

「私もだよ」

遠い何かを見るような目で綱手は呟いた。

「奴を知ってもう二十年になるが、奴が何者なのか私には分からない。どうしてあの姿を保てるのか、奴が操る力は何なのか・・・一体何の為に生きているのか」

「・・・・・・」

「唯一つ分かっているのは、奴が何を欲しがっているか、という事だけだ」

すぐに、少年は扉から出てきた。

「ぼくでも、外せなくはない。かなりの荒療治だけど」

そう言って、一枚の紙を綱手に差し出した。

「外す?」

「簡単に言えば、眼球を一度分解して、余計なものを除いて、作り直す。濾過錬成というんだけどね」

そんな事が出来るのか。周囲の驚きと疑念の視線に、少年は小さく肩をすくめた。

「理解できなくて当然だ。ぼくの技とお前達の技は理が違う」

だが、と綱手に渡した紙を指先で弾く。

「お前達がこれを解析できるならそうした方がいい。お前達の方法が、あの男の負担が少ないのは確実だ」

少年から受け取った紙を見て、綱手の眉がきつく寄った。

「・・・くそ」

低く呟き、紙をぐしゃりと握り潰す。

「テンゾウ」

カカシの背後にひっそりと立つ男を呼んだ。

「大蛇丸の研究について、お前はどれ位知っている?」

視線が、テンゾウに集中した。その身体に初代火影の遺伝子を組み込んだのが他ならぬ大蛇丸だ。

「奴の一連の研究では、お前以外の被験者はすべて死亡していると報告を受けている。だが・・・この術の形式は・・・間違い無くあいつの・・・」

口元に指をあて、考え込みながら綱手は続けた。

「何か明るみになっていない研究は無いか、もう一度調べる必要があるな・・・」

「・・・その必要はありません」

テンゾウが、静かに言った。

「何?」

伏せていた目を上げ、テンゾウは懐から、一本の古びた巻物を取りだした。

「恐らくこれが、イルカさんの瞳にかけられた呪印の組成原理です」

綱手の手から、握り潰された紙が床に落ちた。呆気にとられた表情は、すぐに固く強張った。

「お前・・・」

空気に、戸惑いと怒りと疑惑が満ちた。少年だけが小さく笑った。

「ぼくは席を外そう。内輪揉めには興味が無い」

勿論報酬はきっちり頂くけどねと肩をそびやかし、マントを翻して洞窟の出口へ歩き出した。少年の姿が見えなくなると、テンゾウは差し出した巻物を再び懐に戻した。

「テンゾウさん?」

シズネが不安気に問い掛ける中、テンゾウはカカシに向き直った。

「・・・先輩」

カカシを見つめる目には、相変わらず感情が見えない。

「お願いが、あるんです」

何事かと見守る周囲とは対照的に、カカシは泰然とテンゾウの視線を受け止めた。

「何?」

静かに問うその濃灰の目には、見るものを震え上がらせる激しい感情が渦巻いている。

その瞳を真っ直ぐ見返して、テンゾウははっきりと告げた。

「イルカさんを、僕にくれませんか」

 

 

 

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